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ダービー キューピッド図皿(1772年頃)
A Derby Dish Decorated with Cupids C.1772
<参考>ダービー(D2-13)のキューピッド図
チェルシー・ダービー期の深皿。縁には、バラを囲む小さな丸い金枠がいくつも配され、中央には雲に乗る二人のキューピッドが紫系の単色で描かれている。ダービー(D2-13)と同じ図柄であるが、細かい違いを挙げると、本作品の方がバラを囲む金枠の数が少ないこと、本作品では縁模様の一部に青い曲線が含まれていること(ダービー(D2-13)ではその曲線が赤い)、といった点があり、同一のセットに含まれていたものではないと考えられる。
この「バラの金枠とキューピッド」という図柄は、1773年のクリスティーズのオークションで初めて登場したものであるが、「バラの金枠」単体では1771年のオークションで既に販売されている。
Day1 Lot27
27 A set of jars (three pieces) fluted, richly enamel'd in flowers, and elegantly finish'd in gold circles and roses, after the French, with a gold dentil edge 10l. 10s.
ちなみに、このロットと類似した壺で「バラの金枠」が描かれた作例が、Fitzwilliam美術館にある。
https://data.fitzmuseum.cam.ac.uk/id/object/131365
一方、キューピッド図単体(バラの金枠なし)についても、同じ1771年のオークションで多数見られる。例えば、
Day1(Lot2とLot14)
2 A pair of cream cups and covers, painted in Cupids of the fine crimson colour, with gold handles and dentil edges 15s. 6d.
14 A pair of elegant caudle cups, with a fine sea-green ground, richly enamel'd in Cupids, after Busha, and elegantly finish'd, in burnish'd and chas'd gold 2l. 14s.
*Lot14で'after Busha'とあるのは、フランスのロココ画家フランソワ・ブーシェ(Franscois Boucher)に倣ったとの意味
従来、本作品のようなキューピッド図を描いた絵付師は、人物画を得意としたリチャード・アスキュー(Richard Askew)だと考えられてきた。しかし、近年アスキューの経歴に関する再検証が進み、彼がダービー作品に絵付けを行った時期はかなり限定されることが分かってきた。彼が1771年4〜6月にデュズベリー経営下でのチェルシーで働いていた記録はあるが、従来の1772年にロンドンからダービーに移ったという説は否定されている(彼は1772年以降はロンドン在住で、その後1794年にかけてダブリンやバーミンガムに移り住んだ)。もし彼がダービーにいたとするなら、それが可能なのは1771年4月以前、あるいは1771年6月から1772年4月(この月に彼はロンドンから手紙を出している)までの間ということになる(ただし、彼がその時期にダービーにいたという証拠はない)。それ以降でアスキューがダービーに絵付けを残した明確な記録が残るのは、かなりの年月を経た1794年から1795年の間だけである。これを踏まえると、アスキューが本作品の絵付けを手掛けた可能性はかなり低いと考えざるを得ない。
他にチェルシー・ダービー期にこのようなキューピッド図を描いた可能性がある絵付師としては、大陸と英国の多くの窯を渡り歩いたフィデル・デュヴィヴィエ(Fidelle Duvivier)が挙げられる(カーフリー/チェンバレン(CA3)及び原典を読む7を参照)。彼は1769年10月に、ダービーで4年間働く契約を締結している。彼が契約どおりに4年間ダービーで働き続けたかどうかは不明だが、少なくともチェルシー・ダービー期当初にダービーで絵付けを行ったのは事実である。デュヴィヴィエが多くの窯で共通して描いたキューピッド図に関しては、シャーロット・ヤコブ=ハンソン(Charlotte Jacob-Hanson)の研究によると、以下のような特徴が見られるという。
@ 目の描き方が、直線のまぶたと縦長の楕円の瞳
A 人差し指を立てている
B 一方の脚を内側に曲げている
C 座っている雲の手前側に濃い色の部分がある
D キューピッドにつきものの弓矢だけでなく、アレゴリー(芸術、四季、元素など)を象徴するものを持っていたり、鳥(鳩)を捕まえたりしている
本作品のキューピッド図を見ると、@とAは当てはまらないが、B〜Dは該当している。(Dについては、分かりにくいのだが、2人のキューピッドの間に鳩がいると思われる。)はっきりとはしないものの、このキューピッド図を描いたのがデュヴィヴィエである可能性はあると考えられる。一方で、ダービー(D2-13)のキューピッド図は、本作品とは絵のタッチがかなり異なり、上記の5つの特徴も(Dを除いて)当てはまらないため、デュヴィヴィエ以外の(かつアスキュー以外の)絵付師によるものである可能性が高いと思われる。
直径(D):21.5cm
マーク:なし
Marks:None
参照文献 (References):
-Geoffrey Godden "Eighteenth-Century English Porcelain" Item51 (pp.188-190)
-Stephen Mitchell "The Marks on Chelsea-Derby and Early Crossed-Batons Useful Wares 1770-c.1790 First Supplement" pp.22-41
-A. P. Ledger "Richard Askew: Unsafe Attributions" Derby Porcelain International Society (DPIS) Journal 7
-Charlotte Jacob-Hanson "In the Footsteps of Fidelle Duvivier" pp.65-69
-Charlotte Jacob-Hanson "Duvivier at Derby - the Clues and Secrets of a Chelsea-Derby Teapot" The Northern Ceramic Society (NCS) Newsletter No.199 (Dec. 2020). This author publishes series of blog posts on Duvivier on her website: https://chjacob-hanson.com/blog/, where the above NCS article is also included.
-John Twitchett "Derby Porcelain" (1980) Plate175
-Alasdair Morrison "Derby 1780-1786: the Useful Wares" DPIS Journal 5, Plate14 and p61
-Neales Auction Catalogue "The Anthony Hoyte Collection of Derby Porcelain" Lot2
-J. E. Nightingale "Contributions Towards the History of Early English Porcelain" (Chelsea and Derby auction catalogues, April 1771 and March 1773)
(2025年6月掲載)